6月23日 今日は何の日?


まいど!kojiです!

日本で初めての女医となった荻野吟子おぎのぎんこが亡くなった日

荻野吟子は1851年(嘉永かえい4年)、武蔵の国(今の埼玉県)の農家に生まれました。

女性には学問は必要ないと言われた時代ですが、吟子は少女の頃から勉強が大好きでした。

18歳で結婚しましたが、重い婦人病にかかり、2年程で離婚します。

治療のため東京の病院に入院したとき、吟子は大きなショックを受けました。

「たとえ診察でも、男性に下半身を見せるなんてえられない。なぜ女性の医者がいないのかしら」

今では男性の医者にてもらう事も多くありますが、この頃は、女の人が自分の肌を見せるのをためらう時代です。

しかも当時は、医者になれるのは男性だけと決まっていました。

「そうだ、私が医者になって、女性を見てあげればいい」

その時から吟子のひたむきな努力が始まります。

女性が医学を学ぶこと自体が、とても難しい時代でした。

「私は絶対にあきらめない」

苦労の末、ようやく医学校を卒業して、東京に医院を開業したとき、吟子は35歳になっていました。

「安心して身体を見てもらえる」と医院には多くの女性が訪れました。

しかし「女のくせに生意気だ」と言われることもありました。

それでも吟子は負けずに女性の地位向上ちいこうじょううったえ、堂々と意見を述べます。

「明治政府の政策は、女性に差別的です。女性が果たす役割はとても大きいのです。

1890年には結婚して、その後北海道に移り、地域の人々を診察し、働き続けました。

夫を亡くしてからは、東京に戻り1908年に再び医院を開きます。

医学はどんどん進歩し、この頃には日本の女医の数も200人を超えていました。

「医者になれたのは、先生が道を切り開いて下さったおかげです」

後輩の言葉は吟子のはげみでした。

1913年6月23日 吟子は63歳で亡くなりました。

この日は他にも…

「赤とんぼ」を作詞した詩人、三木露風みきろふうが生まれた日(1889年)

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