コペルニクスの誕生日 2月19日


まいど!kojiです!

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地動説を唱えた

コペルニクスの誕生日

昔の人々は、宇宙の中心は地球であり、太陽や星が地球の周りを回っていると考えていました。

これを、「天動説」と言います。

ニコラウス・コペルニクスは、天動説を否定し、地球が太陽の周りを回っているとする地動説を唱えた人物です。

ユリウス暦1473年2月19日にポーランドの商人の家に生まれたコペルニクスは、早くに両親を亡くし、叔父の家で育てられました。

叔父はコペルニクスに、キリスト教の司祭になることを望んで大学へ入学さましたが、コペルニクスは大学で、天文学に興味を持つようになります。

そして司祭になった後も、暇を見つけては、天文学の本を読みあさっていました。

当時多くの人は、天動説を信じていました。

しかしある日コペルニクスは気づきます。

「天動説よりも、地動説の方が惑星などの動きを簡単に説明できるのではないだろうか。」

コペルニクスはこの考えに基づき、地動説に関する論文を書きました。

しかし、この論文が人々に目に触れることはほとんどなく、地動説が広まる事もありませんでした。

その後も、コペルニクスは仕事のかたわら、地動説の研究をつづけました。

コペルニクスは、地動説を広めようとは思ってもいませんでしたが、友人たちの間では、コペルニクスの研究は広く知られていました。

ある日、弟子のゲオルグ・レティクスは考えます。

「よし 先生の研究成果を本にまとめよう。

こうしてコペルニクスや知人たちの協力によって、『天体の回転について』と言う本にまとめられ、1543年に出版されます。

コペルニクスは、この本が出版された直後に、70歳で亡くなりました。

この本は、キリスト教会が認める天動説を否定する内容でしたが、大きな批判はありませんでした。

それはほんの最初に「この本に書かれている内容は、仮定である」と書かれていたためです。

しかしコペルニクスの地動説は後に続く科学者たちの研究によって、その正しさが少しづつ明らかにされ、天文学上の大きな出来事として評価されるようになったのです。

 

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