人体解剖が初めて行われた日 2月7日


まいど!kojiです!

この日を境に日本の医学が変わる、進歩していくんですね。

日本の近代医学を前進させた

人体解剖が初めて行われた日

江戸時代に西洋医学が広まるまで、日本の医師は人体の作りをよくわかっていませんでした。

西洋の解剖図は伝わっていましたが、実際に人間の内臓を見た医師はいなかったからです。

当時の東洋医学では、漢方で言う「五臓六腑(内臓)」に調和がくずれた状態を「病気」としていました。

医師は患者の様子を見たり、脈をとったりして診察した後、薬を調合して渡していました。

そんな中、山脇東洋と言う医師は、五臓六腑に疑問を持ちました。

東洋は丹波国亀山(今の京都府亀岡市)の医師の子として生まれ、朝廷に仕える医師になった人です。

当時の新しい医学を学んでから、「本当の人体の作りを見たい」と思い、人体解剖をさせて欲しいと役所に願い出ましたが、断られました。

死者の身体を切り刻むことは、とんでもなく酷い事だと考えられていたからです。

それでも東洋は、何度も願いを出し続け、やっと人体解剖の許しが出たのは、20年後、東洋が50歳の時でした。

1754年(宝暦4年)2月7日、首を切られた罪人の胴体の解剖が行われました。

医師自身が人体を切ることは禁じられていたので、雑用係の人が刀を持ち、東洋の指示で解剖をしていきました。

他に弟子4人が解剖に立ち会い、スケッチをしました。

胸を開いて心臓があらわれたとき、東洋は息をのみました。

「まるで赤い蓮のつぼみの様だ。今にも咲きそうに見える」

東洋はこの目で人体の作りを見たいと言う長年の願いが叶ったことに、感動していたのです。

その5年後、東洋は解剖書『蔵志』を」出します。

東洋が行った解剖を強く攻める意見もありましたが、これが土台と」なり日本の近代医学が前進していったのです。

 

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