勝海舟の誕生日 1月30日


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日本を新しい時代に導いた海舟、坂本龍馬を弟子に持ち、西郷隆盛と話し合い、日本を変えた…

江戸城無血開城を成し遂げた

勝海舟の誕生日

1823年(文政6年)1月30日、勝海舟は貧しい旗本(将軍に仕える家来)の息子として、江戸の本所(今の東京都墨田区)に生まれました。

そのころの日本は、鎖国(外国との貿易をやめること)をしていましたが、

1853年にアメリカの黒船がやってくると、慌てた幕府は家臣(家来)に意見を求めました。

以前から蘭学(オランダを通じてもたらされた西洋の学問や技術などの事)を学んでいた海舟は、自分の意見をまとめた「海防意見書」を幕府に提出します。

その後、長崎海軍伝習所に入門して、航海術や造船学などを学び、1860年に「咸臨丸(かんりんまる)」の艦長としてアメリカに渡りました。

海舟はアメリカの文明に驚き、感心するばかりでした。

「アメリカは凄い国だ。武士や農民などの身分の差別がない。日本じゃ、農民の子は農民、将軍の子は将軍と、生まれたときから決まっているが、アメリカでは、前の大統領の子孫が今どこで何をしているか、誰も知らない」

アメリカで見聞きしたことは、海舟に確信を与えました。

「日本に海軍を作って自立させ、外国と対等に話が出来る国にしたい。そのためには身分にとらわれず、能力のあるものが力を合わせて日本を一つにまとめることが大切だ」

この海舟の信念に感動した坂本龍馬はその場で弟子になったと言われています。

江戸時代から明治時代に移り変わる時、徳川慶喜(よしのぶ)を中心とする幕府軍と、薩摩藩(今の鹿児島県)と長州藩(今の山口県)で作られた新政府軍が戦いを始めます。

力のある新政府軍は、江戸に向かってきました。

「同じ日本人同士で、これ以上無駄な血を流してはならない」

慶喜に事を治めるよう任された海舟は、新政府軍のリーダーである西郷隆盛と話し合い、攻撃をやめさせました。

そして江戸の町で戦いが起こることなく、1868年に幕府は江戸城を明け渡します。

これにより、武家政治は終わりを告げ、新しい時代がやってきたのです。

その後も明治政府で活躍した海舟は、1899年に77歳でなくなりました。

 

この日は他にも…

インドの思想家 ガンジーの命日(1948年)

koji

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