湯川秀樹の誕生日 1月23日


まいど!kojiです!

kojiには縁がありませんね。これは…。

日本人初のノーベル賞受賞者

湯川秀樹の誕生日

「湯川博士がノーベル賞を取ったぞ。私たち日本人は、もっと頑張れるんだ。」

1949年、理論物理学者の湯川秀樹は、日本人では初めての、ノーベル賞を受賞しました。

秀樹が世界的な賞を取ったことで、第二次世界大戦の敗戦で苦しみが続いていた日本中に喜びが溢れました。

秀樹は1907年1月23日に東京で生まれました。

翌年、地質学者だったお父さんが、京都帝国大学(今の京都大学)の教授になったため、

秀樹も家族と一緒に京都に引っ越します。

秀樹は無口な少年でしたが、幼い頃、おじいさんが漢文(漢字だけで書かれている中国古来のスタイルの文章や詩)を、教えてもらったことで、難しい本も読めるようになりました。

数学が得意な秀樹は最初、数学者を目指しますが、旧制第三高等学校に進学してから、物理学に夢中になります。

1926年、京都帝国大学の理学部物理学科に入学した秀樹は、卒業後も大学の研究室で物理学の勉強を続けました。

ちょうどその時に、物理学の世界では、原子(物質を作る粒)の中心にある原子核は、陽子と中性子が結びついて出来ているという事がわかりました。

「陽子と中性子はどうしてしっかり結びついているんだろう。未知の力や粒子があるに違いない。」

そして1934年、秀樹は新粒子(中間子)の存在を予言する理論を発表しました。

2年ののち、秀樹の理論は世界的な注目を集めました。

しかしこの理論通りの「中間子」をイギリスの科学者たちが発見するまでには、13年かかりました。

その研究が認められて秀樹は日本人でそしてアジアで初めてのノーベル物理学賞を受賞します。

42歳の時でした。

秀樹は受賞後も変わらず、物理学の研究を続けました。

1955年には、アインシュタインやバートランド・ラッセルと言った世界を代表する学者たちと共に、

核兵器反対の宣言をするなど、平和活動にも積極的に参加して、1981年に74歳で亡くなりました。

 

この日は他にも…

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